
29歳のルポライター國友公司は取材のため身分を隠して東京のホームレスとして路上生活を2か月経験する。
様々なホームレスと等身大で交流を持つことによって、炊き出しや暑さ対策など、リアルな話が聞ける。
とてもとても面白かった!
「ルポ西成」もよかったけど、今回も國友さん最高。
実際に経験したことなので、めちゃくちゃ読み応えがあった。
まず感じたのは、ホームレスの世界でもカーストはあるんだな、と。
カーストという書き方はしてなかったけど、やはり我々の世界と同じく、「コミュ力」と「情報」が備わっているホームレスはそれなりに楽しく路上生活をおう歌していた。
國友さんは取材でコミュ力がすごく高いので、そういう1軍のホームレスらとつるむことになり、結果的に憎めない面白味のあるホームレスばかり登場したのだと思う。
國友さんの文章も相まって、笑う場面がたくさんあった。
一方で終盤で登場した、「おとなりさん」は、誰ともしゃべらず、1日中小屋で引きこもり生活をしていたので、「コミュ力」も「情報」もめちゃくちゃ乏しかった。
こう考えると、「コミュ力」=「情報」といえるかもしれない。
コミュ力の有無によって、情報を得れるか得られないか…。
國友さんは「おとなりさん」の鬱な心境や自ら何も調べない人間性は理解できなかったよう。
そりゃ1軍とつるんでる陽キャやからな…。
でも私は、「おとなりさん」の気持ちはすごくわかる…。
「死んでもいい」という「おとなりさん」だけど、私もそういう気持ちを抱えたことがあった。
そういうときって本当に外の情報に興味がなくなる。
「こうすればいいよ」って言われてもどうせ病んだことない人の意見なので、ひろゆきじゃないけど、「それってあなたの感想ですよね?」とイライラして遮断していた。
マジで、何もかもがどうでもいいって本気で考えてしまう。
だから「おとなりさん」もそれに近い気持ちだったんじゃないかな。
私は、とにかくそういう気持ちになってしまったら、いったん落ち込んで、「いよいよ人間じゃなくなる」「周りにも迷惑をかける」と感じたら、少しずつ予定を入れていた。
遊びや仕事で忙しい環境にすることによって暗いことを考えないっていう対策を打った。
他人と関わってたら、自然と笑えることができるので気持ちも楽しくなっていった。
けど小屋の中に引きこもりぱなしだったらそら希死念慮が出てきても仕方がない。
無理にでも他人と関わったほうがいいって思うけど、これもあくまで私の経験論なので、「おとなりさん」にとっては何がいいのかわからない。
あと、東京だからかもしれないけど、炊き出しがめちゃくちゃあるから、食事に困っていないっていうのはびっくりした。
ホームレスってもっとゴミ箱の食事をあさってるイメージだった。
ボランティアの団体は、キリスト教だったり韓国系?だったり、日本の団体じゃないのが多かった印象。
そういう団体は、國友さんも書いていたけど、ありがたいと思う。
別に私が炊き出しもらうわけじゃないけど…。
國友さんも、生活保護や炊き出しは性善説で成り立ってるって書いてた。
不正とかは、できるくらいがばがばな部分もあるけど、でもそれでも助けてあげたほうがいい人がいるから、そういう制度や団体が成り立っている、っていう内容。
すごく共感した。
國友さん、あれだけ地頭良さそうなのにすごい優しい人柄で、そういう部分も文章から垣間見れたから「ルポ路上生活」が面白い本になったんだろうな。
これ読んだ後に思うのが、大阪のホームレスはどこ行ったんだろっていう…。
20年ほど昔は天王寺動物園前に常にいた印象だけど、「てんしば」という若者客向け?の公園ができて以降、あの人たちはどこに行ったのだろう…。
まぁ半年前の冬の夜、西成のスーパー「玉手」前の道路でパンパンのゴミ袋とゴミ袋に上半身をうずめて下半身を道路に投げ出してた人は見たから西成に行けば何とかなる気がするけど。
あの人は上半身の暖をとってたのかな、と。